Last update on Jan.29th,2004



ロンドン強行軍






「ロン ドンに行きたいなぁ!!」 これは、わたしの仲間内とマージャンをしている時、間違って「ロン!(あがりの意)」といってしまった あと、即座に間違いに気がついたら言う決まり文句であった。 ここ Milton Keynes からロンドンへは、電車で大体一時間。今度住む Paignton からは、三時間ほどもかか るということであるから、いまのうちにいっておくに限るということで、出かけることにした。 クリスマスの日に休んでいた駅で、ロンドン日帰り周遊券のようなものを買うことにする。 これは、14.6ポンドでロンドン往復と、ロンドンでの地下鉄バスがほとんど乗り放題というありがたい チケットであり、以前から目をつけていたものである。ただ、この券は週末はいつでも乗れるのだが、平日は、 9時15分以降の電車しか乗れないいわゆる「オフピーク」チケットであるから、ロンドンでの活動は早くて も10時過ぎ以降ということになる。 左側の写真にあるチケットを自動改札に通す。 日本ではわたしの知る限りその時点で扉が開くが、少なくともわたしの通ったこちらの改札は、処理されて 出てきたチケットを取ると扉が開いた。ちょっとした違いだが、とまどうものだ。 さて、そこにいた電車に乗り込む。Milton Keynes 初発9時27分。ロンドンは10時22分である。  以前のオランダ旅などで、微妙にクラスがあったりすることを知っていたので、「1」なんてマークがある 車は避ける。程なくして、電車は駅を離れていった。遅れるのが普通といううわさだったが、定時に出て いったようだ。 ここまで難なく来たように書いている。 それが不思議なほど難なく来たのだ。 駅の前で、 「はたしてうまく切符が買えるものか?アパルトヘイトはないのか?」 なんて考えていた?ことがうそのように(うそですが)いま電車にのっている。 前日夜更かししてあまり寝てなかったので、1時間の電車旅はあっという間に終わってしまった。 (左は London Euston 駅の改札) 寝てしまう前の景色は、なかなか楽しめた。 ここは日本で言えば北海道のようなところである。 一面の草原に羊がいたり馬がいたり。 この国が世界を制していた時代があるようにはとても思えない光景がひろがっていた。 また、古い要塞のようなものが見えたが、なんとその中に人が住んでいるようであった。 思えば、BBCでやっている「To buy or not to buy」とかいう住宅を買う助けをする番組で、17世紀 の教会を住宅にして売っているのを紹介していた。 紹介されたほうも、 「お墓があるんじゃないの?」 なんて聞いていたようにおもうが、ほんとそりゃあたりまえやろと思う。 不動産屋は「ないよ」とさらりと答えていたが、間違いなく人が住んでいたものを紹介しているのである。 今回紹介されたほうは、その物件にはそれ以上の興味を示さなかった。 さて、ロンドンである。 地下鉄への乗り換えはまたしても緊張したが、アパルトヘイトにもあわず(この話はもうやめよう)その チケットを改札にとおせば、見事に扉があいた。 さて、ここで問題である。 東京でエスカレータに乗ると、右側をあけることになっている。 大阪では左側である。スウェーデンも左側だった。 さて、ロンドンはどっちでしょうというわけだ。 上記のとおり、いつもならあいている左側を歩きおりるところを、今日は歩き回ることにしているから、 体力を温存して右側にたってエスカレータを下る。 なんで東京だけ右側をあけるようになったのかは、いまだに理解に苦しむところである。 たまに雑学の番組で語られてはいるが、要領を得た答えを聞いたことはない。 さて、「大阪贔屓」の話はこれくらいにして、Underground の Northern line に乗って、 「ロンドン橋おちた!」で有名な London Bridge 駅でおりる。 どうしてそうしたのかと聞かれれば、いつものようにおろかな話であるが、前日にちょっとだけみた航空 券についてきたロンドンガイドの地図で、その辺から攻めるのがよさそうだと思ったからである。 何が愚かだったかはこのあとに出てくる。 地下鉄をでるとトイレに行きたくなったので、トイレを探すがこれがなかなかない。 看板にしたがっていくのだが、なぜか見当たらず通り過ぎてしまっているようだ。 ふと、看板のさす方向を見直すと、へんな緑のドラム缶を大きくしたような物体がある。 それが公衆トイレだった! うわさに聞くとおり有料だが、中をみるときたないので、見送ることにする。 もちろんあんなきたないものは写真にも撮っていない。 出だしから暗澹たる気分になりながらガイドの地図を片手にロンドン橋に向かった。 このガイドには本当に助かった。 大都会があまり好きではないのと、生来の天邪鬼でわたしは、ロンドンガイドを持っていなかった。 本当はかなりロンドンという町に興味を持っていたのにである。 しかしありがたいことに、航空券を手配していただいた旅行会社がロンドンガイドをつけてくれていた。 これが本当に役にたったのである。ロンドンにいる間中、手放せなかった。 さて、ロンドン橋にくると、これはなんのことはない橋であると聞いていたので、半ばまでいってビック ベンを探そうとした。 わたしはロンドンで一番みてみたかったのが、議事堂の時計であるビッグベンだったからだ。 しかし、ビッグベンはなぜか見当たらず。そのかわり、これまた有名なタワーブリッジが北側に見えた! そこで、ガイドの地図を詳細にみると、ビッグベンはずっと南らしく、またテームズ川は蛇行しているので、 見えないということらしかった。 と、いうわけでここからは、いつものように場当たりで行動することにする。 とりあえず、トイレのことがあるので、ビッグベンからは離れるが、近いと思われるロンドン塔(写真右側) に向かった。ロンドン橋は歌も歌わずに渡りきる。 この塔にはいろんな悲惨な歴史があるらしい。しかし、あまり西洋史に興味がないわたしには無縁である。 歩いているうちにロンドン塔にはやはり興味がなくなったので、その先のタワーブリッジに登ることにした。 4.5ポンドを支払うと、塔の上と跳ね橋の上げ下げをしているエンジンルームが見れる。 塔の上からの光景は、さして興味が引かれるものでなかったが、エンジンルームは博物館になっていて、 とても面白かった。この跳ね橋は水圧で動いているのである。その構造を模型で知ることができる。 エンジンルームを出て、さっきは橋の上の通路をわたったものを、今度は跳ね橋の上を渡る。 継ぎ目はこんな感じになっていた。もちろん、数センチの隙間から下が見える。 タワーブリッジにトイレが普通にあったので済ませ、さていよいよビッグベンを目指すことにした。 乗り放題の券を持っているといっても、ここは歩くに限る。歩けば、いろいろな発見があるというものだ。 ロンドン塔を横目にみながら進むと、モニュメントというロンドン大火の碑が見える。登れるようだが、 やり過ごしてどんどん行くと、街中に入ってゆく。古い町並みにスターバックスコーヒーがあったりもする が、割と良い場所と思われるところに洗濯屋さんがあってワイシャツがいっぱいつってあったりする。 セントポール教会が見えてきたので入ろうとしたら、7ポンドとかかいてあるので、これまたやりすごす。 ガイドによると、そこからちょいと右側に行けば、これまた目的のひとつである大英博物館が... そこで愚か者であることが発覚する。 大英博物館のすぐ近くに、今回ロンドンにやってきたときにおりた Euston の駅があるではないか! なんのことはない、地下鉄で走った道々を歩いて帰ってきたようなものである。 愚かなことよと苦笑しつつ、それならば大英博物館は最後でよいやと考え直して、ビッグベンへと直接 向かうことにした。 このころにはかなり疲れていた。 愚かついでにかいておけば、今回おお荷物を持ってきたのに靴は二足、しかも運動靴は汚れたナイキの ものだけだった。 さすがにロンドンにいくのだからと、英国といえばリーボックのスニーカーを買ったのは良いが、 この日がまだ履いて二日目だった。 当たり前のように、右足が少々痛んでもいたのである、 エエ格好しいなのか、バカなのか五分五分といったところか。 さて、川の向こう岸に大観覧車(ロンドン・アイというらしい)と水族館が見える。 この反対側に、目指してきた議事堂とビッグベンがある。 このビッグベンも、長年見てみたいと思っていたものの一つだ。 いままで勝手気ままにやってきたおかげで、こういうものも見れるようになったものやら、どうなの やらちょっと難しい話だが、ともかく大きな感動をもってしばらくの間眺めていた。 少なくとも30歳くらいまで、こういうものを現実に見ることができるなどと、想像すらしていな かった。英語もできないし、なにしろ元手がなかった。 だから、夢とまではいかないが、いつの日にか眺めることができればよいなという遠い願望だけだっ た。 それが現実に目の前にある。 しかも今日は、ツアーでもなくつれてきてもらったわけでもなく、こうして電車にのって、地下鉄に のって、歩いてやってきた。 偉そうなことを言って恐縮であるが、こういったときに最近思うのは、やはり夢や願望というものは、 いつも持っていないといけないということだ。 それもいろんな夢があったほうが良い。 いろんな夢があれば、それが達成されたときにとても大きな喜びを生む。 ビッグベンにしても、若いころからの願望があったからこそ、こうして感動とともに見ることができる。 「あぁ、あのビックベンやな」 ではないのだ。 「やっとこのビックベンを見ることができた!」 なのである。 この喜びは、もともと夢や願望というものを持っていないと、味わうことができない。 さて、感傷に浸るのはこれくらいにしよう。 最近は、主要大学の学費問題などで毎日この議事堂周辺が報道されている。今日も報道陣らしい人が インタビューの準備らしいことをやっている。 彼らの姿や、各国からの観光客を横目で見ながら、ウエストミンスター寺院に向かう。 ここはイギリスの偉人が埋葬されている霊廟であるとともに、国王の戴冠式が行われる場所でもある。 ガイドによると、この中では一時間に1回立ち止まって 黙想のひと時をすごさねばいけないらしい。 入るのに7.5ポンドもかかるのが少々痛いが、ここは 入ってみることにした。 中はもちろん写真禁止であるので、お見せできない。 いくつかの国王などをしのぶ部屋や、礼拝の祭壇などが あった。ちょうどガイドに登場した時間がやってきたの で、みんな立ち止まる。 さっきからぐずっている子供の声だけが館内に響いた。 先ほどもかいたとおり、中には有名な人が埋葬されている。 わたしは、イギリス人といえば真っ先に、この寺院で何度か 演奏されただだろう「戴冠式頌歌」を作曲したエドワード・ エルガーが浮かぶ。この「戴冠式頌歌」は、日本でも有名 な、彼の「威風堂々第一番」という行進曲のさびの部分を 使った変奏曲に歌詞をつけたものであると書けば、おわか りいただけると思う。 あともう一人といえば、アガサ・クリスティーであろう。 彼女の「ミス・マープル」に出会わなければ、この英国滞 在はなかった。 有名人の名前を書いたプレートが床に埋め込まれている。 ひとつひとつ見ていくと、「ミス・マープル」が若いころ よく読んだという詩人テニソンなどもみつかる。 残念ながらクリスティーの名前は見つけることができなかった。 もちろんあるかどうかも知らないのであるが。 しかし、エルガーの名前は見つけることができた。 しばらく、小さな石のプレートの近くにたって、あの美しいメロディーを生んだ偉人を偲ぶ。 出口近くにでかでかとチャーチルがあり、近くの壁にルーズベルトの名前が説明つきであった。 これは少々感傷の妨げになる。 別にわたしは国粋主義でもなんでもないが、チャーチルというのは決して日本人が尊敬に値する 人物ではない。太平洋戦争の要因として最後の決定打になったといわれる、「ハル・ノート」は、 もともとあまり満州について積極的でなかったハル米国務長官に、チャーチルが日本に戦争をさせ てアメリカを巻き込むために、中国が陳情していてかわいそうであるという理由をつけてけしかけ たともいわれている。事実、日本が真珠湾を攻撃したとき、チャーチルは非常に喜んだといわれて いる。その数日後、イギリスの2戦艦を日本が沈没させ、彼は日本をなめすぎたと真っ青になった ともいわれている人物だからだ。うろ覚えだが、ハルもチャーチルもノーベル賞を受けているから、 ノーベル賞というのも考え物だなと思う。 まあ、チャーチルはイギリスにとっては偉人であるから、もちろん抗議しようなんて思うわけも ないが、ルーズベルトとはなんぞや?たしかに、彼はイギリスの危機に助けをしたかもしれんが。 ウエストミンスターに名前を刻むほどの人物だろうか? そのうち、ブッシュがまつられるようなことになったら... 来年くらいなら許すことにするか... さて、いろいろな思いを胸に寺院をあとにする。 もう時間があまりない。寺院を出たら2時半を越えていた。 Milton Keynes に帰る電車がラッシュになったら困るので、4時30分には Euston をでたい。 大英博物館にも行きたいがなにしろ広いと聞いている。 そこで、ちょっとだけよって、明日また来てやろうということにした。 ロンドンは思っていたよりも面白いところだった! 意思を極めたらあとは、行動あるのみ。 バッキンガム宮殿をかすめてピカデリーサーカスを抜けて、大英博物館経由 Euston 駅といこう。 途中のセント・ジェームス・パークで、リスを見かけた。 フランス語のような言葉をしゃべっていた家族連れが、撮影しようと追いかけている。 かわいい仕草に癒されつつ、痛む足を引きずりながら、バッキンガム宮殿へとやってきた。 もう、ここはただ通過だ。衛兵交代なんていまだにやってるのかどうかもしらないが、良い機会 があったらまた来ることにしよう。 バッキンガム宮殿をあとにして、ピカデリーを歩く。 ピカデリーサーカスでさすがに腹が減って、ここがまた愚か者と思われるだろうが、イギリス情緒 たっぷり?のバーガーキングに入って、いつもの2.99ポンドのセットを食べる。 なぜか、ピカデリーサーカス付近の写真がないが、おそらく腹も膨れたし、遅れを取り戻そうと 一生懸命大英博物館へと歩いていたのだと思う。 そして、ついに大英博物館にたどり着いたとき、館内を歩くどころか、足は完全に棒であった。 この大英博物館はなんと無料である。 痛む足でそろそろと館内を歩く。さすがに何人かの日本人にあう。なかには薀蓄の持ち主なのか、 説明員の方なのかしらないが、いろいろ説明している人がいた。それらを全部突破して、とりあえ ず館内を突破しようとしたが、それだけで迷いそうになるほど広い。 もう、翌日来ることに決めていたので、なんとか抜け出すことにした。 中には後ろ髪を引かれる展示物もあったが、こんな状況で見てもおもしろくなかろう。 寄付を募る箱があちこちにおいてある。これも、全部また明日である。 ロンドン大学とユニバーシティカレッジをかすめ、 Euston 駅までやっと帰ってきた。 何キロ歩いたものだろう。 Milton Keynes 行きのほぼ各駅にとまる16時34分発に乗り込んだ。まだラッシュにはなって いなく、窓際の席にへたりこんだら、すぐ寝てしまう。Milton Keynes 行きだから、寝ていても 乗り越す心配はない。到着は17時41分の予定である。 朝と同様に、気がついてみるともうあと2駅のところだった。 駅について、改札にカードを入れると、吸い込まれてしまってでてこなかった。 あのカード、良い記念になるのにと少々惜しく思いながら駅をでる。 足が棒なので、バスに乗る。 イギリスでバスに乗るのもこれが初めてであるから、人のやってることを観察していた。 Milton Keynes のバスの乗り方は、まず行き先と路線を近くの掲示板などで調べてバスを待つ。 バスが来ると、まず運転手に行き先を言う。運転手が機械に行き先らしきものを打ち込んで料金を 言う。料金(この場合1.1ポンド)を払うと、リボン状の紙切れが一種の切符になっていて、 これを受け取っておしまいである。あとは、自分の降りる場所でストップボタンを押せばよい。 ただ、このバス停がどこにあるかがさっぱりわからないのでこまる。 棒ひとつたっていない。 わたしの場合は、日ごろの散歩で、バス停の位置を知っていたのでそこでおりたというわけである。 ここはいまだになぞの部分である。 さてさて、この日はこれで終わった。 ホテルに帰ってくると、なにかとても満足感に満ちていた。 まったくいろいろな経験をさせてもらったと、感謝の気持ちでいっぱいであった。 翌日は少々疲れもあって寝坊した。一時間半遅れで駅に着き、同じ切符を買う。昨日は、歩いたの で、乗り放題の意味はまるでなく、それだったらただの往復券が10ポンドほどであったのにと 後悔も少々したが、今日は棒の足がいきなり治るわけもなく、移動はすべて交通機関を使おうと 思っているから今日こそ必要といえる。 丁度10時49分発で11時24分 Euston 着の特急というべき電車が来たのでそれに乗る。 イギリスでは鉄道がいくつかの会社によって運営されているらしく、わたしが買っている切符は、 Silverlink という会社の列車のみ有効である。 わたしが昨日今日と乗った電車は同じタイプらしく、ドアの開け閉めが手動である。日本でも、 寒冷地に行けば手動のドアを持つ列車があるが、そんな感じと思っていただければよい。 この日は、ロンドンに到着するときたまたま立った側のドアを開けなければならなくなったので、 駅に着くと同時にオープンのボタンを押してドアを開けた。 この手のことはいつもやってみたいと思いつつ、実は怖がりでやらないのであるが、今回はせざる を得なくなって、これは幸いとばかりにボタンを押せたので、少々満足だった。 この日は大英博物館がメインであるが、ケンジントン・ガーデンにピーターパンを見に行ってやろ うというのが最初にあった。これも子供のころに読んだ「ピーターパン」の解説に、その像の写真 があって、子供心にどんなところだろうと想像をめぐらせた場所なのである。 昨日乗った Northen Line にそれらしき駅名があったので、迷わず乗り込む。 丁度その駅行きの電車だった。 今日はもう地下鉄にもなれたとばかりに、日本の大江戸線よりも狭い車内に大柄な人々が縮まって いる中を、「シチュレイ!」とでも言って、空いているいすに腰掛ける。 ありがたいガイドを取り出して、さてケンジントンを眺め始めておかしなことに気がついた。 ケンジントン・ガーデンは昨日歩いたビッグベンより先にある。ところが、この電車はロンドン橋 へと向かって、目的の駅はその先なのだ! これは何かがおかしい。 次の駅がBankという乗り換えができそうな駅だったので、早速おりて確認することにした。 ガイドによると、ケンジントン・ガーデンへの最寄の駅は、 South Kensington であった。 さっきの行き先には、South がついていなかったので、これが間違ったのかと納得する。しかし、 南と北ではえらい違いやないかと思っていた。 ところが、この文章を書きながら確認すると、行き先と思っていた駅は、 Kennington であり、 Kensington ではなかったのだ。 まったく、土地の名前とはムツカシイが、異国でちゃんと確認せんと乗るほうも悪い。 しかし、何度も「Kennington行きです」というアナウンスが流れていたのに、やはり聞けないもの である。 さて、無事 South Kensington に向かう、 District なる路線に乗り換えた。駅名が Monument と 変わっていたので、昨日強行進軍していて見かけた火事のモニュメントの下であるとわかる。 South Kensington に着く前に、現地をガイドで確認していると、科学博物館なるものがあるとい う。これも無料だというから、ピーターパンの後はそこによって、それから大英博物館に行こうと 決めた。 South Kensington からケンジントン・ガーデンまでの道は、昨日のことを考えるとぜんぜん遠く なかった。しかし、この日は朝からもう足が棒であり、博物館めぐりといってもこれは困る。 ケンジントン・ガーデンはケンジントン宮殿と隣接する大変美しい庭園だ。 ピーターパン君はこの庭園のちょっと奥まった川沿いにいた。 白鳥が羽を休めている先に見えているのがケンジントン宮である。 右の美しい塔は、Albert Memorial とあるが、寡聞にして由来は知らない。 この塔の前に、ロイヤルアルバートホールがある。 ところで、このケンジントン・ガーデンの池、 The Round Pond には、街中というのに白鳥が いっぱいいて、人がえさを与えている。これはなかなか壮観なので載せておこうとおもう。 ほかにもいろいろな種類の鳥や水鳥がえさを求めてやってきている。 ちょうどこの写真を撮っていたとき、犬が陸にいた白鳥の一群を追いかけて、一騒動あったの だが、惜しいことにとり損ねてしまった。 池の注意書きには、犬も人間も泳ぐなと書いてあったように思うが、ちゃんと浮き輪がいくつ か用意されているところを見ると、泳ぐ人がかならずいるのだろう。 さて、ケンジントン・ガーデンをあとにして、科学博物館を覗く。 覗くくらいのつもりだったのである。 しかし、これが大変面白い博物館で、結局昨日より遅くなって大英博物館はまたこんど、いつ の日かということになってしまった。 たとえば、こんなものが展示してある。写真は自由に撮れると確認をとった。 左は世界初の旅客機関車で有名な「ロケット号」である。 右はなんと多摩ナンバーをそのままつけた「日野コンテッサ」だ。 いかに多くの展示がなされているかお分かりいただけると思う。 下は上の写真のおくにあるV2ロケットの拡大である。 このロケットが1100発も打ち上げられたとは知らな かった。 ご存知の方も多いと思うが、これは第二次大戦でドイツが 作ったミサイルである。パリやロンドンを狙って打ち上げ られた。 V2というからにはV1がある。これは翼付きロケットで、 あまり速度が出なかったため、飛んできても迎撃戦闘機が 撃墜することができたといわれている。 そこで、このV2が登場する。 これは超音速で飛行したため、音も無くやってきて、いき なり爆発し、都市部に大きな被害を与えた。 当時のロンドンのメディアは、ドイツに被害を知らせない ために、V2による被害について報道を控えたといわれて いる。 ところが、このロケットを作った人々が、戦後ソ連とアメ リカに渡って、それぞれの宇宙ロケットを成功させている のだ。特に有名なのがフォン・ブラウンであり、彼はソ連 に対して失敗続きだったアメリカのロケットを、いきなり 競争できるレベルに押し上げ、その後の月着陸へと導いた とされている。フォン・ブラウンの前は、アメリカ軍が 独自にロケットを開発しようとしていたらしいが、あまり の惨状に亡命者であるフォン・ブラウンに任せたという 話があるらしい。 フォン・ブラウンは、まさにこのV2ロケットの設計関係 者だったのである。 この博物館は、あと何日あれば納得できるものかわからないほど面白かった。 ここに書いた展示物はほんのごく一部である。空に海に科学に医学にいろいろな展示がある。 しかし今回、足はもう限界であり、また時間もあっという間に過ぎた。 ひとつ苦言を書くならば、ここが無料だというのはよくわかるけれど、カフェテリアが ボッタクリすぎである。市価の2倍ほどは取っている。 本当は感謝感激で何ポンド寄付しようか悩むところだったが、パンとキャロットケーキと オレンジドリンクで5ポンド以上取られたので、その分差し引いて、3ポンドを寄付に入れた。 大英博物館とともに、ここにはまた是非来たい。 ロンドンにはこの滞在の最後にでもしばらく過ごしてみたいなと本気で思った。 さて、名残惜しい博物館をあとにし、古い地下道をとおって地下鉄へと向かう。 王立音楽院が近くにあることもあるのか、バイオリンを弾いている大道芸人がいる。 良いものを見て気分が良かったし、綺麗な音に思わずコインを入れようとも思ったが、こちら もあまり余裕があるわけではないと通り過ぎた。 すると、曲がエルガーの「愛の挨拶」に変わった。 もう10mほども通り過ぎていたが、引き返して、ポケットに放り込んであった20ペンスを バイオリンケースに放り込んだ。 アンコールしたいほどに美しい響きが、地下道いっぱいに広がっていた。 帰りは、South Kensington から Piccadilly Line に乗って、Green Park で Victoria Line に乗り換え、Euston に着いた。 あまり乗り放題は使わなかったが、このチケットは心強い味方だった。 Euston 発17時5分 Milton Keynes 17時53分の途中2駅しか止まらない電車に乗って、 帰路に着く。さすがに5時台の電車は込んでいて、座れたのがラッキーなくらいだった。 疲れきっていたので、またしてもあっという間に到着。チケットに別れを告げてバス乗り場へ。 ここで最後に一騒動。バス乗り場のバスの出口に当たるところでバスが故障していて、これが 1台しかとおれないところだったからさあ大変。みんな詰まってしまった。 ここでわたしは貴重なシャッターチャンスをまたしても逃すことになる。 それは、車道にたまっていたバスの中に、バス乗り場と隣の駐車場を仕切っているかなり段差の ある歩道を乗り越えて、駐車場へと出て行く奴が2台いたのである。 腹をすって、「ガリ!!」とか「ボン!」なんて音を立てながらバス乗り場を出て行った。 3台目がトライしたが、これは途中で引っかかってしまって、やむなく引き返してきたが、よく もどれたものである。そこに大変残念なことに、駐車場であるからそのスペースに車が駐車して しまい、このイベントは終わりを告げた。まるで牛か馬かがおりから逃げ出すようだった。 わたしは心の中で爆笑していたので、写真をとり損ねた。 と、いうか本当は、この行為を下手に撮って、あの「お客様思い」の運転手さんに迷惑をかけた くないと思ったのである。 ロンドンへのたびは、こうして終わった。 まだイギリスにいるのだから、また行く機会があると思う。 今度はもうちょっと行くところを絞っていこうと思う。 (もし、最後まで読まれた方がおられたならば...  お疲れ様でした。 きっとわたしのこのたびよりお疲れになったことでしょう。  ありがとうございました!)
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